NHKオンデマンドで「ヒグマを叱る男」という番組を見た。知床で定置網漁をしている80代のおじいさんと、近くに生息しているヒグマの話。*1
海辺の仕事場には野生のヒグマがどんどん近づいてくるのだけど、仲間から「ヒグマのおやじ」と呼ばれている初瀬さんは丸腰のまま近づいて、低い声で「どこ見てんだこの野郎」とか言って威嚇する。そうするとヒグマは去っていく。
当然、ヒグマがその気になれば、人間を倒して食うのは簡単なことである。おじいさん漁師が体重300キロの熊を追い払えるのは「おれの方が強い」と騙しているからだ。実際はヒグマの方が強いが、それを理解させないからこそ、何十年もヒグマの近くで仕事ができた。
こないだ罠で捕まえたイノシシと向かいあったときには、動物としての人間の弱さを実感した。ワイヤーを振りほどこうするイノシシは怒り狂っており、タイマン張れば絶対負けることを直感する(実際にはくくり罠と猟銃というハンデがあり人間が勝った)。
騙しが効かない状況であれば、野生のシカとかイノシシはかなり手強い。クマは言わずもがなである。
そんなことを考えながら先週末、久しぶりに和歌山のアドベンチャーワールド(動物園と水族館と遊園地を合体したレジャー施設で、パンダがめっちゃいる)に行ったら、全部の動物が「騙されて」いてすごいなと思ってしまった。ライオンとかチーターはもちろん、パンダもイルカもカバもサイも、気に入らない飼育員のひとりやふたりは余裕でエサに変えてしまえるに違いない。が、しない。そういった行動が発生しないような飼育技術があるんだろう。パンダは飼育員に甘えるばかりであり(可愛い)、イルカはトレーナーを信頼しきっている(可愛い)。
ところで人間どうしの関係を考えると、やはり「騙し」が入った関係性があるような気がする(このとき、強さはマネーを通して表現されることが多い)。
本当は対等な契約関係であるはずの会社はなぜか給料以上の仕事を求めてくるし、偉い人には恭しくお茶を差し出さなければならないことになっている。本当はお茶くらい自分で淹れろと言っていいはずである。*2*3
頭では(対等またはこちらが有利なはず)とわかっていても、低い声で「この野郎」と言うのがうまいヤツに騙されるような場面は多々ある気がする。
野生で常に命の危険を感じる生活と動物園の安定した生活、どちらが幸福か論じるのは難しいところでありますが。
とりあえず、いま文章を読んだり書いたりしてお金をもらっている自分は、プールで飛んだり跳ねたりしてエサをもらっているイルカとかなり近い存在だなと思えてきたところです。
とはいえ、パンダもイルカショーも、また見たいと思ってしまう自分もいる。