songdelay

踊る!ディスコ室町のギター

猪汁

ダンと重苦しい音がするのと同時に、巨体が横倒しになった。創作物において銃声が「乾いた」と表現されているのでそう書こうかと思ったが、私の真横でスラッグ弾が発射される際に発せられた音は、そんな生易しいものには感じなかった。陸上競技の開始を告げる空砲とはレベルの違う、命の終わりを宣告する圧倒的な暴力の響き。音は私の胃を揺らし、弾は硬い脂肪に覆われた猪の皮膚を貫く。


罠に猪が掛かった、と知人がSNSに投稿しているのを見て、ぜひ解体に同行させてほしいと申し出た。平日だが、会社に勤務を遅らせる旨の連絡を入れて山に向かう。
山に入り現場に到着すると、後肢をワイヤーに固定されて暴れる猪と目があった。自分と同じかそれ以上の重量を持つ野生生物の迫力はそら恐ろしく、いつか読んだニュース記事の、仕留めようと思った猟師が返り討ちにあって死んだというエピソードがにわかに現実味を帯びる。ワイヤーが届く範囲の土はすべて掘り返され、そこだけ草木の無い地面が円形が広がっている。

肩から長方形のソフトケースをぶら下げた知人と合流する。挨拶もそこそこに、この猪は銃で止めを刺します、と説明を受けた。カメラを用意して構えたのも束の間、弾は発射され猪は倒れた。
ナイフを動脈に突き刺し放血させると、赤黒い血が流れ、湯気が立つ。博物館のビデオ「ドイツのソーセージづくり」の冒頭と同じだな、と考えているうちに、弱まっていく脈に合わせて血が流れていく。目からは力が失われる。
二人がかりで小さな沢に巨体を降ろし、内臓を抜き、皮を剥いでいく。明るいオレンジ色の腸が日光に照らされる様子が美しい。ビニールが発明される前の人類はこの美しさをどう受け止めたのか。

解説を受けながらなんとか皮を剥ぎ、軟骨にナイフを入れて関節を外していく。手が肉に触れるとまだ温かいが、血は腹腔に溜まっている他には流れておらず、両手が赤く染まることはない。


朝9時ちょうどに止めた猪は、飲まず食わずの作業ののち、15時すぎにようやく枝肉にまで分解された。
リュックサックいっぱいの肉を分けてもらい、なんとか背負って下山する。途中持ち方が悪く、あまりの重量にリュックサックのファスナーが破損する。

自宅に帰り、全身の疲労にぐったりしながら枝肉から骨を抜いていく。前脚一本をやっとの思いで分解すると、だいたい4キロくらいの肉が取れた。後肢・アバラにも同じような作業を繰り返す必要がある。


最終的には、圧倒的な暴力と圧力鍋による加圧の成果物として、大鍋いっぱいの豚汁が完成する。
巨大な肉塊を持ち上げたり支えたりしたことで疲労し、破壊された私の筋肉繊維は、猪の肉から得られるタンパク質によって補完される。

普段ブタやウシを食べるときにも、この圧倒的な暴力は金銭を介して誰かにアウトソーシングされている。
次の猟期が始まるのは11月15日。それまでに狩猟免許を取得できれば、次の冬にはこの暴力を自分が実行することになる。


f:id:makoto1410:20220219002638j:plainf:id:makoto1410:20220219002504j:plain