songdelay

踊る!ディスコ室町のギター

ブロック塀はブチ壊したほうがいい(ブロック塀ハンマー解体協会 in神戸)

ブロック塀をハンマーで殴って、文字通りブチ壊す(ブッて、壊す!)という珍しいイベントがあり、神戸まで出かけてまいりました。

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みんなでハンマーを振りまくる痛快イベント!

 


イベントはナリワイの伊藤洋志さんが主催しているもので、「ブロック塀ハンマー解体協会」*1という楽しげな名前の集まりだ。

 

10時に集合して、集まった参加者の自己紹介。

「近くにバッティングセンターがないので、助かります!」という素晴らしいコメントも飛び出す。

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今回ブチ壊すブロック塀さま!

 

ハンマーの使い方について軽くレクチャーを受けると、早速作業に取り掛かる。

ハンマーは重いが、重力を使って振り下ろすことができるのでムキムキでなくても扱える。

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打撃!

ブロックは真ん中が空洞になっている。そこを目掛けてハンマーを振り下ろすと、おもしろいようにボロボロ崩れる。ストリートファイターのボーナスステージみたいな気分である。


これまで、ブロック塀というものに対して何の疑問もなく接してきたけど、思った以上にもろい。こんな簡単に崩れるのか!

 

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途中経過

 

実際、ブロック塀は大きな地震があると簡単に倒れる*2

そして、その下敷きになったりすると死ぬ。特に狭い路地なんかでは、逃げる隙間もなかったりするだろう。

高いところにあるやつも、位置エネルギーが貯まっており、頭にヒットすると大ダメージを受ける。めっちゃ危険だ。

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二次被害を引き起こす前に、さっさとブチ壊そう

 

そして我が物顔で鎮座しておられるブロック塀様であるが、結局のところ、彼らは何も守っていない。

別にブロック塀があったところで、猫は飛び越えてくるし、ドロボウさんはむしろ目立たなくてラッキーくらいに思っているかもしれない。

 

それに、何も守っていないだけならともかく、物理的に邪魔である。

景色は見えなくなるし、風が通らなくてジメジメする。ダンゴムシやナメクジも湧く。

 

一方、ブロック塀を撤去するだけで、有効活用できる空間が増える。ちょっと腰掛ける場所ができたり、プランターを置けば家庭菜園もできるだろう。

 

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ハンマーで叩くときは、破片が飛び散るので十分に注意する

 


自分は年度末の鬱憤をブロック塀にぶつけるために参加したが、当然そこに在り続けると思い込んでいたものを自分の手でブチ壊すと、相当な爽快感がある。なんとなく、凝り固まった状況は、文字通り打破できる!みたいな自信にもつながった。それくらいの効果がある。

 

それに、街中のブロック塀が見えるようになった。普段意識していなかっただけで、いっぱいあるのだ。こいつらも、やろうと思えばやれる(壊せる)と思えば、世界はだいぶ違ってみえる。

 

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1日作業して、ブロック塀が1tトラック3杯ぶんの瓦礫に変わった

 

 

ブロック塀ハンマー解体協会では、ぶち壊したいブロック塀を募集している。業者さんに解体してもらうのに比べると、だいぶん格安で破壊してくれる(と思う)し、みんなでワイワイとハンマーを振るのも楽しい作業だ。

 

ちなみに、ブロック塀の破壊には補助金が出る自治体も多い。

神戸市では、撤去後に生垣化するのも助成される!

 

 

地震や台風の二次被害を防止する意味でも、リモートワークでなまりきった体に喝をいれる意味でも、なんにせよ有意義な活動である。

 

今のところ2年に1回程度の開催頻度らしいけど、オススメのイベントです!

 

 

Deep Impact feat. Rappagariya

Deep Impact feat. Rappagariya

  • 発売日: 2013/03/19
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

 

 

*1:

blockdestroy.com

URLもいい。いいWebサイトはいいドメインから!

*2:気象庁は震度5強の地震の特徴として、「補強されていないブロック塀が崩れることがある」としている。

www.jma.go.jp

麦くん絹ちゃんに聴いてほしい曲がある(「花束みたいな恋をした」の感想)

 例の映画、見ました。

 見た人が一様に不穏な言葉を発しながら気を失っていくのを複数箇所で目撃し、これはなにか異常なことがおこっているぞ、と思って映画館に行ってしまいました。そして案の定、見終わるころには具合が悪くなった。

 

 それでは、以下は私からの不穏な言葉です。

 いやもう、とにかくつらい映画だったんですが。とりあえずひとつずつ、恨みつらみを並べてます。

 

サブカルの相対化がつらい

 数年前に「奥田民生になりたいボーイ」という凶悪すぎる言葉に突き刺されたことがあった。これは小中学生の頃からタミオを愛聴し、飾らない姿勢がカッコいい!と思い込んでいた…そしてそれが周りと違う特別なことだと思っていた自分にとって、暴力的な相対化でした。そういう人いるよね〜、みたいな。許してないです。

 今回の「花束」では、サブカル像が相対化されております。

 自分は麦くん・絹ちゃんと同世代だけど、今村夏子も読んでないし、きのこ帝国も聴いていない。しかしそれでも、しぐさには身に覚えがある。「○○知ってる?」「知ってる!」みたいなカルチャー毛づくろいというか。

 ぜんぜん中身の話をしないまま、作家の名前だけを挙げてお互いのポジションを確認しあう感じ、浅いわ!クソが!とか思ってしまう。けど、過剰にムカついてしまうのは自分の嫌な部分を投影してしまうからだな。大学生のころ、『森見登美彦は好きやけど、大学生にもなって森見登美彦をオススメしてくるやつは信用できへん』みたいな会話をしておりました。人との距離を詰めるときに、そういう方法しか知らないんだ。きつー。

 そして、こうした場面を見てしんどくなる度、カメラの向こうの坂元裕二プロからのまなざしを感じます。サブカル大学生てこんな感じだよね〜と言われているような。映画の半券、財布に入ってたらしおりにするやろ!許して!

 

2015年が戻ってこないのがつらい

 自分の恥ずかしい部分を見せられているみたいなつらさがある一方で、スクリーンのなかで再現される2015年にはリアリティがあった。まだSpotifyApple musicはなくて、みんなが耳からイヤホンのケーブルをぶら下げていた時代。麦くん絹ちゃんがチャラい飲み会にノリきれないのと同じように、軽音サークルの民は、日陰からウェイ系大学生をバカにして喜んでいた。

 しかしもはや、メインストリームに対して斜に構える姿勢は古きものとなって久しい。あのオードリー若林も、「ハスってんじゃねーよ!」って言っているし。あの頃サブカルは古着に身を包んでヴィレヴァンでアングラ気味な小説・漫画を探していたけど、いつのまにか糊のきいたシャツで蔦屋書店に行くようになった。

 そもそも、コロナ前の風景それ自体も切ない。乗ってないねえ終電、行ってないねえカラオケ。俺たちは有村架純と出会うどころか、もう終電を逃すことすらできなくなってしまった。2021年から見た2015年、めちゃくちゃ輝きすぎててまぶしい。

 映画のストーリーから離れてしまったけど、とにかくあの頃の空気感を思い出したんだ。そして同時に、楽しかった2015年は遠い過去になってしまったのだと何度も思い知らされるのだった。これが年を取るということですか。つら…

 

仕事のために好きなものをあきらめるのがつらい

 さて、いよいよつらいのが、麦くんの就職。これも100%同じではないにしろ、身に覚えのあることが多すぎる。

 よくわからないままにしんどい業種から内定が出て、そこでいいかと思ってしまうこと(スタートアップのEC向け物流、絶対しんどいやろ)。特にスキルのない文系がさっさと内定とろうと思うと、だいたい営業になってしまうこと。働きだすとそこに過剰に適応しようとしてしまうこと。仕事から帰ったあと、音楽を聴いたり小説を読んだりする気にならないこと。スマホゲームで思考停止に沈んでしまうこと。

 映画館で見ているときは、絵は働きながらでも描けると言ったのに全然書こうとしない麦くんに若干イラついたりもした。でもやっぱり気持ちはわかるし、自分にも少なからずそういうところがある。ホワイト環境で残業せずに帰っても、それでも音楽や漫画がどうでもよく感じるような瞬間ってあるよ。

 それに、ヤンキー有利の社会に出たら、ヤンキーとして立ち振る舞うのが一番手っ取り早いんだよな(ワンボックスは買わんでもええと思うけど)。どんどんヤンキー然としていく麦くん、見てるだけでつらい。*1*2

 

 就職してしんどくなってしまう麦くんや絹ちゃんに聴いてほしい曲があります

 さて、やっと標題の件。

 つらいつらいと言ってきたけど、自分としては、麦くんと絹ちゃんが別れることと同じか、あるいはそれ以上に、麦くんがそれまで頑張っていたイラストを手放してしまうことがつらかった。自分のまわりでも、就職した途端に音楽の話をしなくなってしまう人、多いもんな。兼業農家への道は険しい。

 就職して賃金労働と創作活動のバランスを取るのって、なかなか難しいことだと思います。でもやっぱり、好きなこと・楽しいことを諦めるのはめっちゃつらいことだ。

 

 そういうふうに生活と創作のあいだで苦しんでいる麦くん・絹ちゃんに聴いてほしいのが、(自分のバンドで恐縮なのですが)「楽しいのがいい」という曲です。

 

 説明するのは野暮かもしれないけど、これはメンバーの脱退をうけて作られた曲だ。一緒に活動していたトノくんは、家庭の事情が重なってバンドを辞めざるをえなくなってしまった。

歌詞について。

昨年室町を脱退したベーシスト・山田トノ。脱退せざるをえなかった彼を目の当たりにして、僕なりに思う事があり、それが種になった。自分らしく生きたい。その気持ちは至極当然で、息を吸うように実現されるべきことのように思うが、案外難しい。むしろ、自分にとってこれだけは大切にしたいということであっても、そうできないような現実があったりする。毎日を忙しく過ごしている中で、何を大切にしたかったさえかも忘れてしまうこともある。生きづらさを感じながらも自分らしく生きることを求めて進む“LIFE IS PUNKS”の人が流す涙は美しい。

「楽しい」というのは、思いのほか大事なことなのだろう。以上。

ミキクワカドのnoteより)

  

 散々書き散らして最後は宣伝かい、とお思いかもしれません。が、メンバーである自分も、就職してすぐのタイミングでこの曲を聴けてよかったと思っている。就職してすぐの麦くんにも聴かせてやりたかった。そうすれば、本屋で手に取るのは自己啓発本じゃなくて100de名著 資本論になるくらいはしてたかもしれない。

 

 

 やっぱり自分は、麦くんみたいに適応しすぎてしまうことと、カメラマンの先輩みたいに社会を敵対視してしまうこと、そのちょうど中間の道を探したい。それがこのつらい映画を見てしばらく考えた末の、僕の結論です。

 仕事も好きなことも(あと有村架純も)、全部諦めない人生を見つけようぜ。

 

ヘイ ヘイ
おつかれさん
器用になってんじゃねえよ
息苦しいから 息しないなんて
ちょっとおかしな人がやることさ Baby
息を吸って

その手でさわって
その手でさわって
その手でさわって
その形を確かめてみて
自分とぴったりはまりそうかだけが Oh yeah
大事だろうよ

寝言をほざいてくれないか
傾いてしまいそうさ
寝言をほざいてくれないか
Oh yeah …

楽しい それがいい
楽しいのがいい
楽しい それがいい

ヘイ ヘイ
主義もクソも
たわごとになりそうな現実がいつもあって
中指をピンと立てて
“LIFE IS PUNKS”で涙する人の姿 Baby
それは美しい

すべては変わって
すべては変わって
すべては変わって
しまっていくって言うけれど
なんかひとつでも変わらないようなもんがありゃ Oh yeah
クールじゃないっすか

寝言をほざいてくれないか
傾いてしまいそうさ
寝言をほざいてくれないか
Oh yeah …

楽しい それがいい
楽しいのがいい
楽しい それがいい

踊る!ディスコ室町『楽しいのがいい』

作詞・作曲:ミキクワカド

 

 

 

花束みたいな恋をした

花束みたいな恋をした

  • 作者:坂元 裕二
  • 発売日: 2021/01/04
  • メディア: 単行本
 

 

 

*1:

note.com

現在の就職活動を学生の方を通してかいま見ると、オタクもレゲエも一緒くたにヤンキー有利の就職活動に挑んで疲弊しているように思う。人格改造を強いられているわけだからなかなか辛いものがあるかもしれない。

まさに麦くんは働くことによって人格改造を強いられたんだな

*2:あともうこれは完全に映画とは関係ないんだけど、麦くんが営業で同行してる先輩が「桐島、部活やめるってよ」の野球部キャプテンだったのもつらかった。「桐島」では高校という小さいながらも磁場の強い社会のなかで、周りに流されずに自分のスタイルを貫いて素振りを繰り返していたキャプテン。就職したら「5年の我慢だよ」とか言うのかよ!キャプテンだけはそんなこと言わないでくださいよ!(言ってない)

橋を架けること

 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の会長(83歳男性・元首相)の発言に非難が集まっている。「女性のいる会議は長い」云々。ありえない言葉であり、許されるものではない。その後の会見も最悪。

 しかし一方で、抗議のコメントを読んでいるとき、どこか居心地の悪いような気持ちが自分のなかにあることにも気付く。果たして自分は、これまで女性やマイノリティに対して、常に「あるべき態度」でいただろうか?

 答えは、残念ながら否である。

 

・・・・・・・

 

 先週末、京都市美術館の特別展「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)1989―2019」を見に行った。

 あまり予習せずに行ったのだけど、会場をぐるぐる回ってみて気になったのは"橋"だった。会場の真ん中にドンと設置された橋(というか階段)。

隣接する武蔵野美術大学朝鮮大学校の2 つの展示室を会場に、両校の境界にある壁(塀)に橋を仮設しつなげた展覧会「突然、目の前がひらけて」は、どのような橋を仮設するかを通して、対話をテーマに企画したプロジェクトでした。

"私たちの間にある隔たりとは何か?"と、双方の立場を明確にし、違いをあえて強調する壁の存在は、 一方では自身を守るための壁であったにもかかわらず、対話の中でしばしば「私」の足元をぐらつかせました。

「私」はいま誰の物語(それはイデオロギー、歴史、立場から発現する)を語り、一方で相手は「私」を どのように捉えて言葉にしているのだろう。 突然、目の前がひらけて境界を跨ぐと、それぞれが見た風景はまったく別のものでした。

(「突然、目の前がひらけて」開催趣旨より)

 

 橋は「突然、目の前がひらけて」という名前の付いた作品(の一部)らしい。武蔵野美術大学朝鮮大学校の学生が、両校を隔てる塀に橋を架けるというプロジェクトを核にした企画。会場では、再現された橋と、プロジェクト中にメンバーのあいだで交わされたやり取り(メールとか議事録)が展示されていた。

 僕のようなもんでも名前を知っている「ムサビ」と、失礼ながら存在も知らなかった朝鮮大。ある意味で対象的な2校が壁一枚で隣り合っている*1事実そのものがセンセーショナルだし、プロジェクト中の対話の中身も生々しくて、メンバーの迂闊とも思える発言にハラハラする。

 

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パンフレットより

 

 プロジェクトのタイムラインやメンバーの会話を読むと、そこにあるのは公明正大な仲良し関係ではなく、もっとヒリヒリした空気だ。メモには「会話噛み合わず 何を話せばいいやら」「武蔵美側からの質問が多い」「在日問題、歴史問題について聞く 他人事みたいですよねといわれ凹む」など。意識していようがしていまいが、壁の双方にはマジョリティー/マイノリティーとしての立場がある。というか、”意識していない”と思っているのは、マジョリティーの方だけだ。

 

 この展示が気になったのも、自分がある種の居心地の悪さを感じたからなのかもしれない。橋やプロジェクトのタイムラインを前にして、マジョリティーとしての自分とその暴力性を暴かれたようだった。

 不当な差別や、それに加担するような言動を目の当たりにしたとき、自分はどう反応してきただろう。何もしてこなかったならそれは、加担しているのと同じではないか? 

 

 ・・・・・・・

 

 モヤモヤしたまま自宅に帰って、寝る前にポッドキャストを聴く。軽音サークルの先輩たちが主宰している番組(ゲストも同じサークルの後輩)。なんの気なしに再生したところ、まさに橋の展示を見てからグルグル考えていたような内容が語られていて目が覚めた。

 

(惠)

 差別の話をするときって、絶対自分が何かしらのマジョリティじゃないですか。マイノリティ性もたぶんもっているけど、でも何かしらのフレームで見たときにはマジョリティに入っているところがあって。なんかその…罪悪感みたいな、特権性みたいなところにひるんじゃうっていうのがあると思ってて。

 特に性差別だったら、被害者と加害者みたいな構図があって、自分がもしかして加害者側じゃない?って思うことってたぶん、みんなあって。それで、触れにくい話になっちゃってると思う。

 

(Jomni)

 僕もさっきの話(過去にミソジニーを抱えていたこと)はそんな感じです。自分が加害者としてあり続けてきたのに、そういうこと(フェミニズムジェンダーの話題)を発信したとして、昔の自分を知っている人にどう思われるやろうと。そういうことを思うこと自体も何言ってるねんってなるかもしれないですけど。

 

(惠)

 もやもやしちゃいますよね。

 そう、構造的に加害者、みたいなことですよね。自分が手を下してなくても、構造的に加害者になっちゃってるんじゃない?みたいなところで自分をかえりみちゃうと、何も言えなくなってしまうことって本当にあるなーって思うんですけど。

 でもそれって、罪はないんですよね。自分がもし構造的な加害者だったからといって。罪はないんだけど、それを自覚しないと、っていうのは思いますね。自覚はしてないとなって。

Agura Tsushin【アグ通】#25 より書き起こし

 前後の会話でJomni・森の両氏は過去のミソジニーを告白しているけど、同じサークルにいたときのことを振り返ると、自分にも当てはまるものがある。メンバーの半分を女性が占める団体でも、ホモソーシャルな空気は間違いなくあったし、直接的にひどいことを言ったりしたことも覚えている。そうした過去があるからこそ、このポッドキャストでの会話が刺さる。

 そんなこともあって、僕自身は「構造的な加害者」が無罪だとは思わないけど、後ろめたさのせいで対話ができなくなってしまうのであれば、それはよくないと思う。そして、むしろ有罪であるからこそ意識的に考えを改めていく必要がある。

 

 お互いを知っているからこそ話題にしにくい内容に関して、こんなにくだけた雰囲気で話ができるのはカッコいいし、話をしてもいいんだなと思わされるような回だった。やっぱり、自分をどんどんアップデートできる人間がカッコいいし、それがあるべき態度だろう。

 

・・・・・・・

 

 一人でウームしんどいなと考えていたことについて、思いがけずヒントを見つけた週末だった。「橋」について周辺情報を集めるなかで読んだ記事のなかにもハッとする部分があったので、これを引用してこのエントリを締めたい。

 誰か、つまり他者と共にいたい、いなくてはならないという強い意志を持ち、自覚的にコミットすることなしに他者と共在することはもはや困難なのだということだ(社会学の議論を持ち出せば、たとえばゴフマン的な儀礼的無関心のような装置も、ただ無意識のうちに行われているのだとしたら、それによって共在が可能だったフェイズは終わったのではないか)。

武蔵美×朝鮮大「突然、目の前がひらけて」展に思うこと――ただぼんやりしていても共にはいられない時代に 韓東賢 | 日本映画大学准教授(社会学)(太字は引用者) 

 反省しながら、自覚的にやっていくしかないのだ。橋を架けるためには協力が必要で、そのためには自戒も必要だ。

 

 

 ところで今日、冒頭で触れた会長の辞任と、その後任人事が発表された。

 次に会長職に就く人物は、辞任することになった元首相の状況に「本当につらかったろうなと思って、涙が止まらなかった」という。そこには、あるべき問題意識はない(ように見える)。

 満足な対話のないまま、自ら可視化してしまった壁の両側に、彼らは橋を架けることができるのだろうか。

 答えは、当然否である。 

 

 

*2

M1のMacbook、Clubhouseのいじわる、100分de名著

最近あったこと、それぞれエントリにしようと思っていたけど、全部書いていると大変なのでちょっとずつ書いておく。意外と出来事が多くて心が忙しい。

 

M1のMacbook

 ブチ壊したパソコンはキーボードとトラックパッドが使えなくなって、安価な修理が見込めず(Apple Careは加入していない)、結局は新しいMacbook Airを買った。いわゆるAppleシリコン、M1チップを積んだモデル。まだブラウザくらいしか使っていないけど、めっちゃサクサク動いている気がする。ファンも動かなくて静かだ。

 こわれたMacを持ち込んだ修理業者さんには、キーボードを外していたことを咎められた。本体の中に入り込んだ水分はキーボードを外しても取り切れないし、二次的な故障の原因になるのでしなくていいです…と。何回も言われたんだけど、何回も言われたところでもう外してしまったのしょうがないだろと思って無駄に機嫌を悪くしてしまった。しかし新しいMacに水をこぼしたときには正しい対応ができるようになったのかもしれない。いや、とにかく水をこぼさないことだ。そのためにはまず机のうえを片付けないといけない。

 

Clubhouseのいじわる(でも楽しい)

 正直、招待されるまではケッ!と思ってしまっていたけど、やってみると見事にハマってしまって、毎晩誰かと話をしている。一人暮らしの生活において、会社から帰って寝るまでの間に雑談ができる環境は革命的。

 今は始まったばかりでみんなが興奮していることもあって、知り合いの知り合いくらいの人と気軽に話せるのもいい。僕はあまりお酒を飲んだりしないほうだけど、飲み屋に通ったりする人ってこういう感覚なのかな、なんとなく腑に落ちたりした。

 しかしこのサービス、いじわるな設計だなと思ってモヤる部分もある。招待される/されない、スピーカー/リスナー、スピーカーの友達/その他の人、楽しい会話に参加している人/見逃している自分。いろんなところで、「そうじゃない」自分に直面させられるし、それは意図的な設計であるように感じる。スピーカー・その友達・その他の聴衆が上下に並んで表示されるのもなんだか嫌な感じがしてしまう。

  Clubhouseで初めて話して仲良くなった人も何人かいて、楽しい部分ももちろんある。いいとこだけエンジョイしていたいけど、邪悪に耐えられなくなったらやめようかな。でも今のところは、いつでも開いてる部室みたいな感じで(Clubhouseそのままだな)、結構気に入ってしまっている。

 

資本論マルクス)と100分de名著

 Clubhouseで初めて話した人の一人に、給湯流茶道の谷田半休さんがいる。谷田さんのポッドキャストを聴いて感想をツイートしたところ、それを拾ってもらって、Clubhouseでも相互フォローになった。

 谷田さんはけっこうアグレッシブにClubhouse世界を駆け回っていて、自分でもいろんな企画を立てておられる。そのなかで、マルクスについてトークする企画が面白かった。

 

 せっかくなのでと100分de名著シリーズで資本論をおさらいしたところ、これがめっちゃ良かった。なんの疑いもなく資本主義を受け入れてしまっているけど、あんまり愉快なシステムじゃないよな。

 少し前に読んだ99%のためのフェミニズム宣言も資本主義を強い言葉で批判するものだった。僕らが悩んでいることの多くは資本主義によってもたらされるものなのでは、と思える。

 

 資本主義についてはもう少しいろんな本に当たってみたいと思う(人新世の「資本論」とか買った)けど、同時に100分de名著シリーズの良さにも感動したので、毎週1冊を目標に読みすすめることにした。これについてはClubhouseで雑な読書会をやろうと思うので、興味ある方は参加してください。ディスタンクシオンから読む。

www.joinclubhouse.com

 

 

とりあえず近況報告は以上です。

 

Clubhouseで音声・音楽配信するならインターフェースは iRig 2

例にもれず、Clubhouseに入り浸ってしまっております。 

日夜狂ったように色んなトークが繰り広げられているとともに、いろんな企画が検討されたり、さらにはそのために必要な機材の検証ルームが立ち上がっておりますね。

・・・・・・・

わたくしはバンドをやったりしておりまして、友達や知り合いも音楽活動をしている方が多いです。そしてみなさん、新しいプラットフォームで何かできないかと模索しておられると。

そこで本日、京都のパイセンバンドマン・あさいげん氏主催のルームにて、音声・音楽配信に最適なインターフェース*1を検証していただいた結果、とりあえずの結論が出ましたのでこちらでご報告いたします。

 

それがこちら!

 

IK Multimedia iRig 2!

実はこの機種、2015年発売なのでシリーズ内では1世代前のものなんですが、これより新しいものでは上手くいかないようです。以下、この理由につきまして簡単ですが紹介します。

  

Clubhouseの仕様的に、アナログ入力が安心っぽい

最新の機種は、iPhoneのLightning端子やiPadのUSB-C端子に直接入力できるようになっています。しかしこれがClubhouse的にはよくないらしい。

(仕様はよくわからんのですが)LightningやUSB-Cへのデジタル入力では、スピーカーが2名以上になったときに自動的に入力がキャンセルされてしまうようです。なんやこの仕様。*2

その点、このiRig 2はアナログ入力。こちらはスピーカーが何名になっても入力が続くことが確認できました。

 

ミキサーからアナログアウト(イヤホンアウトでもいい)→ iRig2へ

つまり、iPhoneへの入力はアナログであればそれでよい。

ということで、PC側のオーディオインターフェースで出力する音やマイクで拾った生音をミキサーに集約して、iRig 2にブチ込むという使い方が想定されます。高音質とは言わずともAMラジオくらいのクオリティにはなろうかと思います。

 

 

僕自身は演奏配信なんかをやる予定はあんまり無いのですが、以上を踏まえましてみなさんの音楽配信ライフがより良きものになりましたらと思います。

 

ちなみにYouTubeには海外の方がClubhouse用にiRig2を紹介している動画もアップされていますな

 

 

そして早速iRig2が品薄になっているようですが、4極のピンジャックで入力するのが重要ぽいので、それさえクリアしていれば他の製品でも対応可かと思います(未検証)。

 

TASCAM マイク ギターインターフェース iPad iPhone iPod touch用 iXZ

TASCAM マイク ギターインターフェース iPad iPhone iPod touch用 iXZ

  • 発売日: 2011/09/23
  • メディア: エレクトロニクス
 

 

・・・・・・・

ちなみに本稿は、ワインをこぼしてブチ壊してしまったパソコンが直らなかったので2台目のmacbookで書いております。

1年以内に2回もmacを購入するとかセレブかよとお思いでしょうが、普通に金がなくなってしまって困っております。

AmazonのリンクからiRigを購入していただけますと、パソコン代の足しになります…そしてリンク踏んでたらアイリグ以外を買っても足しになりますので、もしAmazonで買い物する予定がありましたらよろしくお願いします…!

songdelay.hatenablog.com

 

 

Apple Lightning - 3.5 mmヘッドフォンジャックアダプタ
 

 あとこれもいるぞ!

 

 

 

 

*3

*1:ここでいうインターフェースは、PCではなくiPhone用のオーディオインターフェースです

*2:ちなみにインスタライブやスプーンのコラボ放送(=スピーカーが2名以上)でも同様の現象が確認されるらしい

*3:あとLightningケーブルを差し込んだときにミュージックモードorトークオンリーみたいな謎の選択肢が出現しますが、これの効果謎のままでした。とりあえずミュージックモードを選択すればいいかと思いますが、なんか違いがわかった方がおられましたらコメント等で教えてください

パソコンにワインをこぼした方とかに読んでほしい

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バンドの作業がひとつ前に進んだ実感を噛みしめながら、たまにはワインでも飲むかと思った日曜日の晩。
不注意から、グラスに腕が当たってしまいました。


キーボードの隙間を通り、真っ赤なレッドウッド カベルネ・ソーヴィニヨン(カルディで安売りしていた赤ワインです)がパソコン内部に浸透していく絶望感。みなさんは感じたことがありますか。

2020年大活躍のノートブックだった

読んでいる方は「酔っ払って手が滑っちゃったんだな」と思うかもしれません。しかし、実際はひと口も飲んでいないワインをPCにぶちまけてしまいました。

シラフのまま酒をこぼし、シラフのまま、この緊急事態に対応しなければなりません。


なんでやねん、なんでやねん!と叫びながら、大急ぎで電源を落としました。精密機器は水濡れそれ自体よりも、その後の通電で命を落とすと聞いたことがありました。

キーボードのキーをひとつずつ取り外しては、パソコンが飲み込んでしまったワインを拭き取ります。

が、案の定かなり内部にまで水分が到達していたようで、拭いても拭いても、ティッシュペーパーは赤く染まる。どうやらこれは本格的によくないぞ、と感じはじめると、このパソコンと過ごした時間が思い出されます。


4月、緊急事態宣言が発令され、ステイホームが叫ばれたあの頃。いよいよ自宅で過ごす時間が長くなるぞ、と先を見越して、Apple公式サイトでMacbook Airを注文しました。

予想どおり、このタイミングで入手できたまずまずのスペックを有するPCは、このコロナ禍の乱世で大活躍してくれます。

始めはスマホアプリで書いていたこのブログの更新、モンゴル旅行の記録文、ZOOM飲み会、そしてデイリーポータルZ新人賞への応募、ライターとしての記事執筆…。自宅に引きこもって過ごしたこの1年、新しいパソコンは文字通り大活躍で、WEBライターとしての新しい景色を見せてくれました。
そして新しいMacbookは、デスクの上にちょこんと置いておくだけでも目に入るたびに気持ちを盛り上げてくれる存在でした。


そのパソコンをまさか、二度目の緊急事態宣言中に、ぶっ壊してしまうなんて。


ネットには役立つ情報しかない

使い倒していたこの1年を思い出していると、気分がどんどん沈みます。


こういうとき、まず、人間は慰めを求めます。優しい声をかけてもらいたい。

そう思っても、日曜日の遅い時間に連絡がつく友人もほとんどおらず、危機の中で撮影した渾身の写真(冒頭の画像です)をTwitterに投稿しても、いいねがポツポツとつくばかり。

誰かに優しく慰めてもらう案は、実現しそうにありません。


そこで、第二の選択肢が頭に浮かびます。
それは、同じような経験をした誰かの失敗談を読むこと。

似たような出来事がある、と知ることで、自分のミスを相対化することができます。なにもドジなのは自分だけではないと。これは、わりと簡単に叶いそうなアイデアに思えます。

なぜなら、インターネットがあるからです。
パソコンにワインをこぼしたとき、人はインターネットに「どうしよう」とか「オワタ」とか書くでしょう。そのオワタが読みたい!


しかし、いざiPhoneで検索をかけても、なかなかそういった情報には辿りつきません。

検索上位に出てくるのは、ガッチリとSEO対策を施したアフィリエイトブログばかりです。

「水没したMacを復活させる方法10選」、
「【令和最新】濡れたMacの電源はつけないで!」、
「修理方法は?費用は?調べてみました!」。


この検索結果を見て、悲しくなりました。

Googleアドセンスに支配されたインターネットの海は、同じようなマヌケなエピソードを読んだり、誰かのオワタを聞いて自分のオワタをその隣に並べたりさせてはくれないようでした。


いま自分に必要なのは現実的な話ではなく、自分の痛みと誰かの痛みを混ぜ合わせて、薄めることです。水没による故障がApple Careのサポート対象外であることを教えてくれるのは、もう少しあとにしていただきたい。

そう思い、壊れたパソコンのかたわら、iPhoneはてなブログアプリを駆ってこの文章をお届けしました。



そう、この文章は、パソコンにワインやコーヒーやコカコーラをぶっかけてしまったあなたにこそ読んでいただきたいんです。

このエントリからは、修理にかかる費用や時間などの、いわゆる役に立つ情報は得られません。


しかし、たった今パソコンをぶっ壊してしまったあなたに、ひとりじゃないんですよ…と、そっと手を差し伸べることはできます。

原因を考えても、自分を責めてしまうだけです。だって明らかにコタツの上を片付けていなかったのが悪いんですから。



マジで困った

困った。毎日パソコンに向かっていたのに、急にスマートフォンだけがインターネットと執筆の手段になってしまった。
じっくり腰を据えて複数タブやウインドウを並行にこなせるPCが弥生時代だとすれば、スマホオンリーの暮らしは狩猟採集生活だ。この2500字のエントリをフリック入力で書くのは骨が折れました。


一晩あけて、とにかく急いでPC環境を復旧せねばヤバイと焦りまくっている。次の記事どうやって書けばええんや。
今日は残業のせいで行けなかったけど、明日には修理の見積もりをしてもらいに行きます。



そんなこんなで、いま大変困っています。

修理で済むにしても買い替えになるにしても、身を切るような出費は避けられません。見積もりだけで5000円…


そこで、もしAmazonで買い物する予定がありましたら、以下リンクからアマゾンに入っていただけますと、紹介料的なものが私に入りますので、大変たすかります。

パソコン買ってくれと言うわけではないので!もしよかったら…!よろしくお願いします…!



*1

*1:文章の勢いを優先するあまり、Twitterではいいねが付くだけだった…と書きましたが、DPZの先輩ライター米田梅子さんからはとても的確なアドバイスをたくさんいただきました。ありがとうございました…!

年末年始に読んだ本たち

やっとの思いで仕事を納めたかと思ったら、もうサンガニチも終わりである。あけましておめでとうございます。

 

年末年始は、なんやかんや思うところもありながらだったけど、結局は大阪の実家に帰った。

15歳になった柴犬がボケてしまって夜鳴き・粗相が大変だった以外は、やっぱり居心地がよくて、久しぶりに仕事とかコロナのことを心配せず、リラックスして過ごすことができたような気がする。

 

さらに今年は初詣や親戚への挨拶も省略して引きこもっていたので、読書が捗りまくった。毎年、本を持って帰っては読まずにUターンしているが、今年は3冊読めました。

長らくブログも更新してなかったので*1、リハビリがてら記録しておこうと思います。

 

 

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うつ病九段(先崎学

プロ棋士先崎学九段が、うつ病を患ってから復帰するまを綴った手記。

去年将棋にハマったにわかファンながら、「3月のライオン」のコラムやYouTubeで見る映像などから、先崎九段には”豪快で明るい人”みたいなイメージがあった。

学生時代に心理学を学んだので、この病気に性格は関係ないとわかっているはずだけど、それでも”豪快で明るい人”がうつ病になって苦しんでしまう様子は、読んでいて驚きと、苦しさがあった。脳機能が普段と変わってしまって、いつもなら1秒で解いてしまう7手詰めの詰将棋すら解けなくなったという具体的なエピソードが衝撃だ。

エピソードは重たくてつらいけど、先崎九段の文章は軽快で、最後は病気も快方にむかうので、読後感はさわやかだった。

年末にNHKでドラマになっていたらしく(羽生役のナイツ土屋が似てて笑った)*2、これもチェックしたい。

 

 

 

○ぼくは猟師になった(千松信也)

ぼくは猟師になった

ぼくは猟師になった

 

 

去年の後半、デイリーポータルZでこーだいさんの記事を読んで、急に狩猟が身近になった。

dailyportalz.jp

本題はデカい肉を焼いて食べることにあるんだけど(素晴らしい記事だ)、京都でも=都市に近い山でも、シカって獲っていいんだ!と思って、自分のなかでは発見だった。しかも簡単に獲れるらしい。

僕が住んでいるマンションの裏山にもシカがたくさんいる。たまに見かけては、かわいいなーくらいに思っていたけど、そうか、あいつら食えるのか。まじか。

 

それで京都の狩猟事情について調べているうち、必然的にたどり着いたのが千松さんだった。

大学寮でのシカ肉パーティー、会社員として働きながらの猟師、京都市内で獲るシカやイノシシ…、自分にとっては、どれも「そんなんアリか!」と思ってしまうような内容で、目からウロコを落としながら読んだ。

 

モンゴルでは遊牧民が羊を屠って解体するまでを見学したけど、あれって自分にもできることなのか。

ちょっとまだ覚悟は決まりきっていないけど、がぜん、自分もシカやイノシシを獲ってみたいと思ったのだった。

 

 

○彗星の孤独(寺尾紗穂

彗星の孤独

彗星の孤独

  • 作者:寺尾 紗穂
  • 発売日: 2018/10/17
  • メディア: 単行本
 

 

シンガーソングライター・寺尾紗穂さんのエッセイ集。

「楕円の夢」や「北へ向かう」を聴いて音楽のファンだったのだけど、こないだ配信で見た七尾旅人とのツーマンライブでMCを聞いて、文章も読んでみたいと思って手にとった。

 

内容は、父や子供とのパーソナルな話題から戦争や差別、貧困の問題まで幅広く…と、書いてみてから、「社会問題」と一息に括られてしまいそうなそれぞれに対しても、全部自分ごととして書かれていたことに気がついた。戦争みたいな大きすぎて全体を把握しきれないようなものに関しても、寺尾さんの目を通して、ひとつひとつの出来事からなにかを感じ取ることができるのだった。読んでいて、丸くなっていた背筋が伸びた。

 

なかでも、大きな政治と小さな個人の話が交差する「沖縄 和して同ぜず」と題された短い章が頭に残った。

米軍関係の仕事をしていて、その会社のアメリカ人社長とも仲がよかった(かもしれない)ミュージシャンが、それでも自分のミュージックビデオに星条旗を皮肉めいて登場させるのだ、というエピソードとともに「日々を生きながら表現していくというのはそういうことだ、とも思うのだ」と結ばれていて、ハッとした。

 

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なんか並べて見ると、あまり明るいとは言えない本ばかりにも見えるけど、実際に読んでみるとそんなことはなくて、久しぶりに一気に活字を摂取したこともあり、たいへん元気になった気分です。

 

2021年、まずは年末にやっつけきれなかった仕事と格闘することになりそうだけど、とりあえずは今年もぼちぼち頑張ろうかと思う。

 

 

 

*1:ちなみに年末に1年の活動を振り返るエントリを出そうと思って書いていたけど、あれこれしてるうちに年が明けてしまって出せずじまいだった

*2:

natalie.mu