songdelay

踊る!ディスコ室町のギター

北海道日記2

songdelay.hatenablog.com
これの続きです! 野球やシャケや馬を見ています。


2024/03/24

  • ライブが無事終わったのでメンバー数人と観光。ちょうどファイターズのオープン戦があったのでエスコンフィールドに行ってみる。
  • タクシーの運転手さんに「エスコンどうですか」とたずねると「いいっちゃいいよ?」という返答。よくないの? と思いつつ話を聞いていると「完成前から奥さんと何回も見に行ってる」「試合のない日も見学できて、それもいいんだよね」などのエピソードが連なって、結局マイナス評価は出てこなかった。いいんかい!
  • 事前に調べるとエスコンにはコインロッカーの他に荷物預かりサービスがあるようで、それをスタッフのお兄さんに聞いてみると「あー、それはですね……」と暗い顔をして一時黙ってしまった。だめなの?? と思ったが結局サービスは存在していて、お兄さんもいつのまにかニコニコ顔になって対応してくれたのだった(ありがとうございます)。運転手さんといい、道民のみなさんは序盤で方向を特定できないトークを繰り広げる傾向がありそう。ありますか?
  • エスコンはきれいで楽しい球場だった。試合もアリエル・マルティネスのホームランが目の前まで飛んできて迫力があったし、江越や大和といった元阪神の選手を見られたのもよかった。ベイスターズの度会はめっちゃヒットを打っていて、今年はこいつを抑えないとえらいことになりそう。阪神タイガースのみなさんは頑張ってください。
  • 帰りゆくメンバーを見送りつつ、空港の手前の町にホテルを取って一泊。安いビジネスホテルだったんだけど、大浴場に行ってみるとでっかいユニットバスみたいな質感の浴槽が設置されていて、こういうパターンもあるのかと勉強になった。
  • 夜はホテルの近くの寿司屋へ。おいしいし静かでいい店だった。日本酒でほろ酔いになりつつ、スーパーのパック寿司とどうちがうのか考えながらスマホブログを書いて寝た。
まじで頑張ってほしい元阪神・江越がレフトの守備についた
高級な寿司(特上)


2024/03/25

  • 午前中は千歳水族館へ。「サケのふるさと」と銘打たれていて、小規模ながらサケやマスの展示が充実していた。地下から千歳川の水中を観察できるようになっていて、窓際に産み付けられたサケの卵が見れたりする。
  • サケのことを考えていたらやっぱり食べたくなってくる。併設の道の駅でサーモンいくら丼を食べてうまかったが、北海道の川で生まれてからアラスカのあたりまで旅して帰って来るというサケの一生に散々関心していただけにちょっと罪悪感がある。
  • その後は空港近くのノーザンホースパークへ。日本の競馬業界を牛耳っているといってもいい大規模な生産牧場グループである。ディープインパクトの母馬などが繋養されていて、競馬ファンらしき数名がでっかい一眼レフカメラで写真を撮ったりしている。あとはポニーショーでタイミングよくお辞儀したりするポニーを見たりして過ごす。牧場は広くて気持ちいい。
  • 犬や馬を懐柔するのが得意なので、ふれあいゾーンの馬を小一時間撫でた。これ書いていて気付いたけど、懐柔するのが得意なんじゃなくて、懐柔されるのが得意なんじゃないか。
  • フライトが近くなり空港へ。フードコートで白味噌ラーメンを食べたら雑煮の味がした。実家の雑煮くらいでしか白味噌を口にしないからそう思うんだろうけど、いきなり正月的なめでたい気持ちになるのですごい。白味噌買ってたまに食べようかな。
  • 帰りはPeachを取ったら、ギターを預けるために同意書を書かされた。ぶっ壊れても文句いいません的な書類に署名する。安いのでしょうがないんだが物騒だ。
  • 関空から電車に乗ると、ベトナム語らしき言葉を話す夫婦が路線図を見つめて固まっていた。どこの駅に行きたいのか聞いてみるとりんくうタウンだったので、乗り換えも必要ないし一駅なのですぐ着きますよと教えてあげる。親切精神は積極的に発揮する。札幌での反省を早速活かしたかたちである。
  • ずっとライブ用の機材を背負っていたので、帰宅すると肩が痛くなっていた。駅から家までちょっと距離があるが、これから15キロ以上の荷物を持っているときは無理せずタクシーに乗ってもいいことにしたい。
シャケの子はしばらく砂の中にいるらしい
馬はよい

北海道日記1

先週末はライブをするために北海道に行っていた。高校の修学旅行で富良野に行ったり、去年はゲルをたてるために浦河に行ったりしていたけど、札幌をウロウロしたのは初めてかもしれない。心理的な距離はだいぶ縮まったのでまた気軽に行きたい。


2024/03/22

  • 昼まで仕事をしてから神戸空港へ。 保安検査通過後に時間があったのでクレジットカードの特典で使えるラウンジに入ってみたところ、ドヤ顔のおじさんおばさんしかいなくて、なんかバイブスがよくなかった。
  • 往路の飛行機はエアドゥ。いつもピーチとかジェットスターばっかり乗っているのでサービスが手厚くて恐縮する。飛行機でギターを預けるのも初めてだったけど、わざわざ専用の箱に入れてくれて丁寧だった。機内提供の昆布だしスープがうまかった。
  • ススキノのジンギスカン屋でメンバーと合流。肉厚の羊がうまかった。先に到着していた別のメンバーたちのインスタを見ると薄切りの肉を焼いていて、それを見ながら「えらいお上品やな」「食べやすそうなお肉ですなあ」などと煽るノリが発生。あとで全員集合したときにも直接言ってしまって、北海道にいるあいだずっと煽りあうことになってしまった。
エアドゥの昆布スープ、うまみ成分だけを飲んでいるような異常な体験(帰りに買った)
ギターは箱にいれて運んでくれて親切

2024/03/23

  • 昼間スタジオで2時間練習したあと、リハーサルまでの合間に昼食へ。油そばスープカレー・寿司チームに分かれることになり寿司チームとして店を探すが、3店舗くらい行って全部満席で入れなかった。気落ちしたままライブハウスに向かうと、スープカレーチームも同じく食べられなかったらしい。それをLINEで知った油そばチーム(満腹)は煽る気満々で帰ってきたが、みんなあまりにも暗い顔をしているのでなんも言えなかったとのこと。
  • スーパーのパック寿司を見つけて食べてみたらめちゃくちゃうまい。みんな回復した。ネタもうまいし、ご飯もふわふわだった。フレスコ(京都のスーパー)のパック寿司ってご飯がカチカチになってません?
  • テレビ塔の前でメンバー・サポートメンバーのみんなと記念撮影。3月下旬だが雪がけっこう残っている。韓国人らしき観光客カップルが写真を撮りあっていて、撮ってあげましょうか〜とかいえればよかったのだが全然目が合わなくてタイミングをつかめなかった。あとで思うと、こっちは男ばっかり9人でゲラゲラ笑ったりしていたので、むしろ避けられていたのだと思う。反省した。
  • ライブは盛り上がって無事に終了。北海道出身のドラマーの友達がたくさん見に来てくれていて、いい雰囲気だった。対バンもみんなかっこよかった。喃語(というバンド)また見たい。
  • 打ち上げまでのあいだ、宿に機材を持ち帰るために車を借りて往復する。メンバーのナビに従って角を曲がると同じ車線の前方から車がやってきていて、一方通行の道を逆走していたのだった。札幌の中心部は京都みたいな碁盤の目になっているが、3車線くらいある道でも一方通行だったりする。なんで?
  • 結局店のラストオーダーに間に合わず、宿に戻って飲む。居酒屋からテイクアウトしてきてもらったポテトがうまくて(甘い!)、さすが北海道だった。
ガチガチすぎる駐車場

魚をめぐる冒険

ライブで北海道に来ていて、せっかくなので寿司を食べてみたりしている。それで寿司を食べるたびに考えることだけど、寿司の値段とはいったいなんなのか。

今日は千歳に泊まるので、とりあえず宿の近くのお寿司屋さんに入って、上にぎり寿司というのを注文した。カウンターのお寿司屋さんの上にぎりは10貫1,980円である(うまい)。

奮発した気分だがまあこんなもんか、と思っているとお会計のとき女将さんに「実はこちらのミスで、お出ししたのは特上にぎりだったんです」と、ウフフって感じで告白された。お会計は変わらなかったけど2,480円の特上にぎりを食べていたのであった(ラッキー)。

もちろんめちゃうまかったんだが、しかしライブ前にリハの合間に食ったスーパーのパック寿司698円もそれなりに感動するレベルでうまくて、正直2,480円の特上にぎりと比べて1,782円ぶんの差があるかと考えると、ちょっとよくわからなくなってしまう。差がないというわけじゃなくて、差があるとは思うもののどこに差を感じているのかつかみかねるかんじ。

自分が激しく信頼を寄せている定食屋のから揚げ定食880円と比べるとどうだろう。脳にダイレクトに響く満足感という意味ではから揚げ定食が勝っているようにも思えるし、なんかええもん食ったなという充実感でいうと寿司2,480円の方が強い。

この差はいったいなんなのか。もちろん漁師さんたちが海にくり出して荒波の中から獲ってきてくれたお魚を新鮮なうちに運んで腕利きの大将の調理で食べていることを思うと、2,480円喜んでお支払いします! と思う。しかし、じゃあ農家が一生懸命育てた鶏肉をええ感じにカラッと揚げるのはなんでそんな安いのか? とも思う。不思議である。

どっちがいいとか優れてるとかじゃなくて、世の中のモノの値段というのは曖昧なもんだなという話。ちなみに札幌で行ったわれわれのライブのチケットは3,300円(別途ドリンク代600円)でありました。特上のにぎり寿司に負けないように頑張っています。

木屋町日記

◯2024/03/18
木屋町のライブハウスで先輩ミュージシャンのライブがあって、ゲストに岡田拓郎氏を呼んでいるというので見に行った。最近話題の柴田聡子のニューアルバムでサウンドプロデュースを手掛けている気鋭のギタリストである。

会場には開演ギリギリに到着したが、テーブル席はステージ正面のいい場所に座れるくらいには空いていた。せっかく気鋭が来てるのに……みんなもっと見に来いよ京都! そういうとこやぞ! と勝手に憤っていたが、そのうちに演奏が始まって、瓶ビールをあおりながらそれを聴いていると気持ちはだんだん落ち着いた。即興演奏のパフォーマンスをするステージ上には気持ちのいい緊張感があって、お互いがお互いの音をきちんと聴いていることがよくわかって興奮してさらにビールを飲んだ。

終演後、一緒に見ていた友人バンドマンpayaくんに、村上春樹が『職業としての小説家』の中でフィジカルの大事さを語っていたことを力説する。姿勢を改善すると演奏の質も変わる、という話をしていたらライブハウスのお姉さんに「やたら健康の話してるなー」と笑われたが、よく聞いているとお姉さんも「私も一日に千回くらい腹筋してた時期あるわ」と言っていて、やはりフィジカルは大事。

しかし本当に、こういうライブにふらっと出かけられて、適当に酒を飲んだりめし*1を食いながらゆっくり見られる(しかもチャージフリー投げ銭制)のは京都のいいところであり、逆にいうと、もうちょっとお客が来てもいいのになっていうところには課題がありそう。

普段柴田聡子や折坂悠太を聴いているオシャレ大学生などは山ほどいるんだろうから、そういう人たちがよくわからないままやってきて即興演奏を1時間聴かされて帰る体験をしてほしい、誰も歌わへんのやなとか言いながら帰ってほしい、というのが終演後に飲んでいるときに出たわれわれの願い。でもまあ、ギリギリに行っても座れるやろなと思いながら適当に行ける気楽さも捨てがたいので、とりあえず投げ銭はやや多めに出しておきました。

*1:会場のアバンギルドは飯がうまい!

求む! 会話

今週はおおむねスマホの電源をオフにして過ごした。これは調子がいいので続けたいがひとつおかしいぞと思うことがあって、それに今日やっと気づいた。さびしいのである!

引き続き在宅勤務を続けてい生活そのものが大きく変わったわけではないのだけど、スマホで気を紛らわせていないぶん、毎日さびしさと直接対決することになっている。気が紛れない明晰な頭のまま生活しているので読書などは非常にはかどっていて、人に話したい話題は蓄積している。

こういうときいつもClubhouseを思い出す。瞬間的にブームになっていた頃は知り合いやその知り合いとカジュアルに話せることに大興奮していたものの、みんなすぐに飽きてしまって今はアプリの趣旨自体ちょっと変わってしまった。ツイッターがパクリサービスをやっているがあれはかなりの大人数に見られているようで居心地が悪い。

外出が憚られたあのときとはちがって今は外に出て人と会えばいいのだろうけど、週末お茶でもどうかと誘った友人はみんな忙しそうでなかなかつかまらない。同世代の人々は仕事に邁進したり家族が増えたりしているようで一体どうなってるんだ。みんなもっと暇であれ!

本の雑誌の「今月書いた人」は原稿到着順

今週からまたスマホの電源を切って生活していて、今のところかなり調子がいい。秋ごろにもスマホ電源オフ生活を試していてそのときも調子がよかったのだが、インフルエンザにかかったり寒さに震えたりしているうちにまたスマホ中毒患者に戻ってしまっていたのだった。しかし季節がめぐり、再びスマホの電源を切る元気を持てるようになってきた。

それでスマホの電源を切っているとなにが起きるかというと、暇になる。

なのでコーヒーを飲んだりするときには買ったままそのへんに転がしていた雑誌などをパラパラやっている。今日読んでいたのは「本の雑誌」の2月号。本の雑誌はこの数ヶ月で買い始めたんだけど、いい感じに力が抜けていて読むのが楽しい。椎名誠が好きなんだからもっと早く気づくべきだった。

最初に読んだときに、いいな、こんなんありなんやな、と思ったのは、巻末の「今月書いた人」のページが原稿到着順になっているところ。書き手からしたらプレッシャーかもしれないけど、読んでいるぶんにはおもしろい。

「今月書いた人」のページには各自の一口コメントも載っている。穂村弘が「毎日納豆を食べています」と書いていたり、べつやくれいさんが「ガムを買ったら『一日二粒を目安に噛め』と書いていたけどガムくらい好きに食べさせてほしい」などと書いていて、在りし日のツイッターのようである。たしかにガムに目安とか言われるとうるせえなって感じだ。

本の帯は広告だから捨てる

non117.com

買ってきてテーブルに置いといたら帯がうざったく見えてきた。 帯は広告なのだ。本屋の数万冊の本のなかから「我を買え」とアピールするための広告。本来の装丁を台無しにしてくれる。 買ってしまったら帯はもういらない。広告は役目を終えている。帯は全部捨てましょう。

週報 2024/03/10 脳裏のおじゃまぷよを消し続ける生活 - しゅみは人間の分析です


これは本当にそうだと思ったし、自分も帯を外してみて「こんなにいい装丁だったのか!」とびっくりしたことがあった。

まずは椎名誠『シベリア追跡』(小学館)。読み終わったあとにふと帯を外してみたら、凍りついたお馬さんの顔がバーンと目に入った。古本屋で買ってからしばらく寝かせてしまった本だけど、この装丁を見ていたらもっと早く手をつけられたはずだ。馬さむそう。


それから、山野井泰史の『垂直の記憶』(ヤマケイ文庫)もひどい。切り立つ巨岩に向かって行く後ろ姿が不安を感じさせる最高の写真だが、帯をしていると山野井氏が隠れてしまって、なんか熱帯魚の水槽みたいに見えてしまう。帯も大したこと書いてないように思うけど、この帯をつけることで売上がアップするのかなあ。


どちらの本も帯が付くことによって、なんだかよくわからなくなってしまっている。ちなみに内容は最高なので、両方買って、帯は捨てるのがおすすめ。

自分はどちらかというと本の帯は大事に取っておいてしまうことが多かったけど、今後は臆せず捨てるようにしたい(もしかっこいい帯が付いているときは残す)。帯を大事に取っておくのって「いつか売るかも」とか考えていた頃の名残のような気がする。