songdelay

踊る!ディスコ室町のギター

今するべき話じゃなくて自分がしたい話をしてしまうこと

こないだガス工事の人がうちに来たとき、勝手口に置いていた釣り道具を見たらしく、工事が終わってから「釣りされるんですねー」と声をかけられた。「そこの釣り竿を見ましたもんでね」。

その日はとにかくぐったりしていたので「釣りされるんですねー」とか言われてもあんまり話をふくらませる気にはならなくて、同居人の物なので自分はわからないです……などとウソをついて濁した(ごめん)。

ところがガス屋さんの話は止まらず「いやーうちのヨメが使ってるのと同じ竿ですわ」「私は10年以上前に買った竿を使い続けてましてね」「ヨメの方が新しくていい竿を使ってるんですわ!」と続いた。

たぶん釣り竿を見た瞬間から、この人は釣りが趣味に違いないからこういう話をしよう、と決めていたのだと思う。自分で作ったシナリオに沿って話し始めてしまっているから、いざ相手に「よくわからなくて……」とブレーキを踏まれても止まれなかった。

ブレーキが効かないと、会話でも交通事故が起こる。相手に悪気がないのはわかるが、こちらも元気がないので「はあ」「そうですか」とか言って暴走した車が停止するのを待つしかない。疲れる。釣りをする人という設定で聞いたとしても疲れる話だが、止まってくれないと余計に疲れる。

いちおう断っておくとガス工事に来た人がそういう雑談を繰り広げてくれること自体は不愉快ではないというかむしろやってほしいんだけど、話している相手がブレーキを踏んで欲しがっていることには気づいてほしかった、という話。

自分もブレーキを踏めずに走りまくってしまうことがあるし、対面での会話だけでなくチャットとかでも「◯◯といえば〜〜もいいよね」とかいってなんでも自分のフィールドに持っていこうとする人を見ていると、ちょっとずつ疲れる。もちろんそうやって話をドライブさせて楽しめる場合もあるけど、全体的には疲れが発生する場合が多い。

自分がしたい話をあたためるのも楽しいけど、相手の話をよく聞いて、その場にいる人が楽しめているかどうか、その場でどういう話をしたら全体が盛り上がるか(あるいは盛り下がらないか)を考えたほうが、長期的にはお互いに楽しく暮らせることになると思う。がんばろう!