さてモンゴル滞在は6日目になりました。もう折り返しくらいの気分にはなっていたけど、指折り数えてみるとまだ半分きてなかった。まだまだ草原にいられます。というわけでゲル滞在にも慣れてきて、思ったことを書いたりする時間も取れるようになってきました。
ここまでで思ったことのひとつは、モンゴルの牧畜という世界において、作業の効率性はあんまり重視されていないということ。
たとえば、なにか作業をするときに、暇な人がやってきて、手伝ってくれるかと思いきや隣で喋っているだけ、みたいなことがよくある。家畜のフンを集める、みたいなちょっとした仕事のときが顕著で、なんとなく喋りながら作業が進む。余剰人員がウロウロしているのが普通なのだ。おれはここを掃除するからお前はあっちをやってくれ、みたいな分担は、ない。
家畜を追いかけるためにバイクや車に乗るときも、だいたい暇な誰かが同乗していたりする。バイクの二人乗りは本当によく見る。実は重心が下がってオフロードを運転しやすくなるんだと聞いたことがあるけど、実際は運転しづらくないか?と疑っている。
ビニールハウスのような家畜小屋を建てたときは、作業手順を打ち合わせしたりしないために後から修正が必要になる場面があった。各自が各所を勝手にフィックスしていくので、全体として骨組みのかみ合わせが悪いとか、シートの位置が合わないとか、そういう不具合が次々に出て、また重たい思いをして修正していく必要がある。そういう手戻りを恐れない強さを感じた。
こういうとき、わたしが育った日本文化の習性でいうと、家畜のフンを集めるならポジションを割り振るだろうし、バイクに乗るのは1人でいいし、小屋を建てるときはまずみんなで図面を見たり、監督が各所を見てからフィックスしたりするだろうと思う。効率厨である。
なんとなくモンゴルでは、時間と体力が無限にあって、それらの消費を考えなくていいということになっている気がする。われわれ効率中毒者は時間と体力の消耗をおそれて余計に手間を発生させる場面が多いが(ex.あまりに多すぎる会議)、モンゴルでは直線的に、障害物にぶつかりながら、しかしそれを押しのけながら進んでいくイメージ。
たとえば田んぼの水を引きそびれたらそれだけで1年パーになる、みたいな仕事をやってきた民族と、家畜の柵を閉め忘れていてもあとで呼び戻せばええわ、的な価値観を貫いてきた民族のちがいなんだろうか。
モンゴル方式が全面的によいとは言わないけど、なにかと先回りしすぎて余計な手間をかける必要もなく、ミスったらミスったときに考えればええかなとも思うモンゴルのゲルからお送りしました。
