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踊る!ディスコ室町のギター

麦くん絹ちゃんに聴いてほしい曲がある(「花束みたいな恋をした」の感想)

 例の映画、見ました。

 見た人が一様に不穏な言葉を発しながら気を失っていくのを複数箇所で目撃し、これはなにか異常なことがおこっているぞ、と思って映画館に行ってしまいました。そして案の定、見終わるころには具合が悪くなった。

 

 それでは、以下は私からの不穏な言葉です。

 いやもう、とにかくつらい映画だったんですが。とりあえずひとつずつ、恨みつらみを並べてます。

 

サブカルの相対化がつらい

 数年前に「奥田民生になりたいボーイ」という凶悪すぎる言葉に突き刺されたことがあった。これは小中学生の頃からタミオを愛聴し、飾らない姿勢がカッコいい!と思い込んでいた…そしてそれが周りと違う特別なことだと思っていた自分にとって、暴力的な相対化でした。そういう人いるよね〜、みたいな。許してないです。

 今回の「花束」では、サブカル像が相対化されております。

 自分は麦くん・絹ちゃんと同世代だけど、今村夏子も読んでないし、きのこ帝国も聴いていない。しかしそれでも、しぐさには身に覚えがある。「○○知ってる?」「知ってる!」みたいなカルチャー毛づくろいというか。

 ぜんぜん中身の話をしないまま、作家の名前だけを挙げてお互いのポジションを確認しあう感じ、浅いわ!クソが!とか思ってしまう。けど、過剰にムカついてしまうのは自分の嫌な部分を投影してしまうからだな。大学生のころ、『森見登美彦は好きやけど、大学生にもなって森見登美彦をオススメしてくるやつは信用できへん』みたいな会話をしておりました。人との距離を詰めるときに、そういう方法しか知らないんだ。きつー。

 そして、こうした場面を見てしんどくなる度、カメラの向こうの坂元裕二プロからのまなざしを感じます。サブカル大学生てこんな感じだよね〜と言われているような。映画の半券、財布に入ってたらしおりにするやろ!許して!

 

2015年が戻ってこないのがつらい

 自分の恥ずかしい部分を見せられているみたいなつらさがある一方で、スクリーンのなかで再現される2015年にはリアリティがあった。まだSpotifyApple musicはなくて、みんなが耳からイヤホンのケーブルをぶら下げていた時代。麦くん絹ちゃんがチャラい飲み会にノリきれないのと同じように、軽音サークルの民は、日陰からウェイ系大学生をバカにして喜んでいた。

 しかしもはや、メインストリームに対して斜に構える姿勢は古きものとなって久しい。あのオードリー若林も、「ハスってんじゃねーよ!」って言っているし。あの頃サブカルは古着に身を包んでヴィレヴァンでアングラ気味な小説・漫画を探していたけど、いつのまにか糊のきいたシャツで蔦屋書店に行くようになった。

 そもそも、コロナ前の風景それ自体も切ない。乗ってないねえ終電、行ってないねえカラオケ。俺たちは有村架純と出会うどころか、もう終電を逃すことすらできなくなってしまった。2021年から見た2015年、めちゃくちゃ輝きすぎててまぶしい。

 映画のストーリーから離れてしまったけど、とにかくあの頃の空気感を思い出したんだ。そして同時に、楽しかった2015年は遠い過去になってしまったのだと何度も思い知らされるのだった。これが年を取るということですか。つら…

 

仕事のために好きなものをあきらめるのがつらい

 さて、いよいよつらいのが、麦くんの就職。これも100%同じではないにしろ、身に覚えのあることが多すぎる。

 よくわからないままにしんどい業種から内定が出て、そこでいいかと思ってしまうこと(スタートアップのEC向け物流、絶対しんどいやろ)。特にスキルのない文系がさっさと内定とろうと思うと、だいたい営業になってしまうこと。働きだすとそこに過剰に適応しようとしてしまうこと。仕事から帰ったあと、音楽を聴いたり小説を読んだりする気にならないこと。スマホゲームで思考停止に沈んでしまうこと。

 映画館で見ているときは、絵は働きながらでも描けると言ったのに全然書こうとしない麦くんに若干イラついたりもした。でもやっぱり気持ちはわかるし、自分にも少なからずそういうところがある。ホワイト環境で残業せずに帰っても、それでも音楽や漫画がどうでもよく感じるような瞬間ってあるよ。

 それに、ヤンキー有利の社会に出たら、ヤンキーとして立ち振る舞うのが一番手っ取り早いんだよな(ワンボックスは買わんでもええと思うけど)。どんどんヤンキー然としていく麦くん、見てるだけでつらい。*1*2

 

 就職してしんどくなってしまう麦くんや絹ちゃんに聴いてほしい曲があります

 さて、やっと標題の件。

 つらいつらいと言ってきたけど、自分としては、麦くんと絹ちゃんが別れることと同じか、あるいはそれ以上に、麦くんがそれまで頑張っていたイラストを手放してしまうことがつらかった。自分のまわりでも、就職した途端に音楽の話をしなくなってしまう人、多いもんな。兼業農家への道は険しい。

 就職して賃金労働と創作活動のバランスを取るのって、なかなか難しいことだと思います。でもやっぱり、好きなこと・楽しいことを諦めるのはめっちゃつらいことだ。

 

 そういうふうに生活と創作のあいだで苦しんでいる麦くん・絹ちゃんに聴いてほしいのが、(自分のバンドで恐縮なのですが)「楽しいのがいい」という曲です。

 

 説明するのは野暮かもしれないけど、これはメンバーの脱退をうけて作られた曲だ。一緒に活動していたトノくんは、家庭の事情が重なってバンドを辞めざるをえなくなってしまった。

歌詞について。

昨年室町を脱退したベーシスト・山田トノ。脱退せざるをえなかった彼を目の当たりにして、僕なりに思う事があり、それが種になった。自分らしく生きたい。その気持ちは至極当然で、息を吸うように実現されるべきことのように思うが、案外難しい。むしろ、自分にとってこれだけは大切にしたいということであっても、そうできないような現実があったりする。毎日を忙しく過ごしている中で、何を大切にしたかったさえかも忘れてしまうこともある。生きづらさを感じながらも自分らしく生きることを求めて進む“LIFE IS PUNKS”の人が流す涙は美しい。

「楽しい」というのは、思いのほか大事なことなのだろう。以上。

ミキクワカドのnoteより)

  

 散々書き散らして最後は宣伝かい、とお思いかもしれません。が、メンバーである自分も、就職してすぐのタイミングでこの曲を聴けてよかったと思っている。就職してすぐの麦くんにも聴かせてやりたかった。そうすれば、本屋で手に取るのは自己啓発本じゃなくて100de名著 資本論になるくらいはしてたかもしれない。

 

 

 やっぱり自分は、麦くんみたいに適応しすぎてしまうことと、カメラマンの先輩みたいに社会を敵対視してしまうこと、そのちょうど中間の道を探したい。それがこのつらい映画を見てしばらく考えた末の、僕の結論です。

 仕事も好きなことも(あと有村架純も)、全部諦めない人生を見つけようぜ。

 

ヘイ ヘイ
おつかれさん
器用になってんじゃねえよ
息苦しいから 息しないなんて
ちょっとおかしな人がやることさ Baby
息を吸って

その手でさわって
その手でさわって
その手でさわって
その形を確かめてみて
自分とぴったりはまりそうかだけが Oh yeah
大事だろうよ

寝言をほざいてくれないか
傾いてしまいそうさ
寝言をほざいてくれないか
Oh yeah …

楽しい それがいい
楽しいのがいい
楽しい それがいい

ヘイ ヘイ
主義もクソも
たわごとになりそうな現実がいつもあって
中指をピンと立てて
“LIFE IS PUNKS”で涙する人の姿 Baby
それは美しい

すべては変わって
すべては変わって
すべては変わって
しまっていくって言うけれど
なんかひとつでも変わらないようなもんがありゃ Oh yeah
クールじゃないっすか

寝言をほざいてくれないか
傾いてしまいそうさ
寝言をほざいてくれないか
Oh yeah …

楽しい それがいい
楽しいのがいい
楽しい それがいい

踊る!ディスコ室町『楽しいのがいい』

作詞・作曲:ミキクワカド

 

 

 

花束みたいな恋をした

花束みたいな恋をした

  • 作者:坂元 裕二
  • 発売日: 2021/01/04
  • メディア: 単行本
 

 

 

*1:

note.com

現在の就職活動を学生の方を通してかいま見ると、オタクもレゲエも一緒くたにヤンキー有利の就職活動に挑んで疲弊しているように思う。人格改造を強いられているわけだからなかなか辛いものがあるかもしれない。

まさに麦くんは働くことによって人格改造を強いられたんだな

*2:あともうこれは完全に映画とは関係ないんだけど、麦くんが営業で同行してる先輩が「桐島、部活やめるってよ」の野球部キャプテンだったのもつらかった。「桐島」では高校という小さいながらも磁場の強い社会のなかで、周りに流されずに自分のスタイルを貫いて素振りを繰り返していたキャプテン。就職したら「5年の我慢だよ」とか言うのかよ!キャプテンだけはそんなこと言わないでくださいよ!(言ってない)