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踊る!ディスコ室町のギター

映画『パラサイト』

先々週くらいに映画「パラサイト」を見て、これはすごい映画やなーと感じ、ネットで色々検索してみたり、韓国経済についての新書を読んだり、もう一回観に行ったりした。
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ここしばらくはこの映画についてウンウン考えてしまったし、本とかネットで調べてわかったこともあるので、せっかくなのでブログに残しておく。

(念のために記載しておきますが、映画を見た人向けの内容になっているのでまだ見てない人は劇場でチェックしてからもう1度ご覧になってください)

映画の背景について

住宅事情(半地下住宅と伝貰金)
映画のキーワードになっている半地下住宅は、日本で言うところの四畳半アパートみたいな感じで貧乏学生が住んでたりする様子。2019年の時点でもソウル市内では世帯数の約10%が暮らしているらしい(結構な数)。
この半地下住宅は、1970年代に新築住宅に地下室の設置が義務付けられたことで作られ始めた。目的は軍事利用で、防空壕や陣地としての活用が想定されたよう。
作られた当初は倉庫として使用されていたが、ソウルを中心に過密化が進んだため、住居としての利用が始まった。‘84年の法改正で公式に住居利用が許可されたあとは、ほぼ全ての新築物件に設置されている(一般住宅は4階建まで建築が許可されるので、どうせなら地下にもう1フロア作って家賃収入を増やそう、ということらしい)。
2010年ごろには「バンゴ」(=半地下のコジキ(!))という差別用語が登場してソウル市が半地下の新築禁止を打ち出すなど社会問題にもなっているようなので、韓国国内ではかなり身近な話題なのだろうと思う。

また、韓国独自の住宅事情として、「伝貰金」の存在がある。
日本でいうところの敷金みたいなものだが、めっちゃ高額(数百万円とか)なのと、その代わりこれを払えば月々の家賃はゼロorかなり割安になるのが敷金と違う点。退去の際に全額返金される。
以前は金利が10%とかだったので、大家さんはこのお金を運用することで家賃に代えていたらしい。家賃の不払いトラブルや、そもそも家賃徴収の手間が掛からないので結構合理的っぽい。
ただ、当然ポンと大金を用意できる人ばかりではないため、みんなこれのために銀行でお金を借りたりする。
映画のキム家のように全員失業していたりすると、ローンの審査が通らないため、半地下住宅に住むことを余儀なくされるみたい。


就職難と受験戦争
ギテクさんが失業していたりギウとギジョンが浪人生だったりするのは就職難や受験戦争の激化を象徴している。
韓国は戦後急速に経済成長したが、その背景には効率的に成長するために財閥や一部大企業を優遇した経緯があった。そのため中小・零細企業が育っておらず、就職先の人気も圧倒的に大企業志向が強い。
数少ない大企業の採用枠を勝ち取るための学歴についても競争が過激になっている。「いい会社に入る、そのためにいい大学に入る」みたいなことが(少なくとも日本よりは)強力に目指されており、そのために小さいときから塾に通いまくったりするみたい。周りと差をつけるため、より良い塾に通う・留学経験を積むといった親の経済力勝負の側面が強くなってきていて、格差の固定化につながっている。
映画のなかでギウやギジョンがスキルを持っていながら大学に合格できずにいたり、パク家がマンツーマンの家庭教師を姉弟のそれぞれにつけていたりするのはこういった現状を表しているっぽい。
ギウやギジョンは結構な実力が(たぶん)あっても大学に受かっていないけど、ダヘちゃんは家庭教師の先生とイチャイチャしつつも大学に(たぶん)合格しそうな雰囲気を感じる。


「台湾カステラ」とチキン店
ギテクさんの職歴のなかに、台湾カステラの屋台とチキン店がある。
台湾カステラは、日本で流行っているタピオカ店のような感じでブームになったが、テレビ番組で過剰な食品添加物を使っていることが報道されたことにより急速に客足が遠のいてしまった(ガセ報道だったという意見もあるっぽくて悲しい話)。
チキン店は韓国国内にマクドナルドの2.4倍の店舗数があり、「起ー承ー転ーチキン」*1という流行語があるくらい、中年男性の起業としてはポピュラーらしい。しかし、平均して年間6,800店がオープン、8,600店が廃業するということで、やっぱりギテクさんのように失業してしまうのもあるあるなのだろう。





印象に残ったシーンやセリフについて

1.「実戦は勢いだ…勢い」
金持ち家で初めて家庭教師の授業をするギウのセリフ。
身分を偽ってまで仕事にありつこうとする自分の状況のことを言っているようでもあるし、教えるべき英語そのものではない部分で「勢い」を演出しようとしているのがおもしろい。
ギウは日本でいう東進みたいな衛星授業をYouTubeで見てイメトレしたんじゃなかろうか(韓国でもインターネット授業は盛んで、「イン講(インガン、インターネット講義の意)」というらしい)。


2.「ジェシカ、一人っ子、イリノイ・シカゴ…」
いわゆる“ジェシカ・ジングル”。ノリが面白くてYouTubeで解説動画をみて練習したらソラで歌えるようになった。
Parasite | Learn the Jessica Jingle with Park So Dam
(パクソダムかわいい…)
ちなみに「竹島(ドクト)は我が領土」という曲の替え歌らしく、日本人的には若干取り扱いに困る気もするが、この豪邸も我が領土…という意味が込められているとかいないとか。一般的に歴史の年表とかを覚えるときにも替え歌の素材に使われたりするらしい。
監督曰く3番まであるらしいので是非公開してほしいところ。ちなみに公式サイトでmp3とガレージバンド用音源が配信されていてバズらせる気マンマンである。


3.「スキゾフレニアゾーンです」
スキゾフレニア=統合失調症の意。ギジョンがネットでどこまで調べたかはわからないが、とりあえず奥さんを騙すことには成功した。
ところで、ギジョンはなぜ短期間にダソンを手懐けることができたのか、これが一番の謎である気がする。


4.「八つ裂きにされる!」(夫婦関係)
家政婦が結核に罹患している、と勘違いしたヨンギョ夫人は、「夫にバレたら八つ裂きにされる!」とうろたえ、パク夫婦のパワーバランスが完全に夫に傾いていることを明示する。
夫の方も、ギテクに「奥さんを愛していますもんね」と問いかけられても、即答しなかったり、はぐらかしたりする。この夫婦が一緒にいるシーンもほとんど描かれない。
一方、キム家はチュンスクがギテクのことを足蹴にしたりしつつも、いつも一緒にいるし、豪邸での仕事中にお尻を撫でたりしている(調子乗りすぎ!と思った笑)し、水害の際に水没する半地下からギテクが持ち出すのもチュンスクが過去に獲得したメダルであったり、お互いを大事にしている感があり対照的である。


5.「お金は心のシワを伸ばすアイロンだよ」
懐の具合によってカリカリせざるを得なかったり、逆に余裕を持てたりするのは自分の生活にも思い当たる節が有りまくるし、SNSなんかを見ていても当てはまっていそうな事例が山ほどあって、やるせない気持ちになるセリフ。
この映画で良かったと思った点に、金持ち家族が悪者として描かれていないところがあった。物語に登場する金持ちって、嫌味なヤツだったり、悪者として描かれることがあるけど、実生活で出会う裕福な人はだいたい“心にアイロンが当てられて”いる人であることが多い気がする。パク社長一家も、嫌味がなくて実直なのがかえってリアルだった。


6.「親北ギャグの極地だよ」
グンセ・ムングァン夫妻が登場してからは北朝鮮ネタが惜しみなく投下され、劇場は笑っていいのか悪いのか…という空気になっていた(僕はブラックユーモア大好きなので爆笑しました)。
半地下住居も元はと言えば対北関係の悪化から生まれたものだし、38度線という単語が出てきたり、北朝鮮との関係性を再認識するシーンが多かった。


7.ジャージャー・ラーメン(家族関係)
これが本当に美味しそうに見える。
それはさておき、このジャージャー・ラーメンが登場する際、ダヘだけがヨンギョから声を掛けられない(ヨンギョはダソンと夫には声を掛けたのち、自分と家政婦で食べる)。このとき、ダヘが自分にも声を掛けて欲しかったと抗議するが、両親の反応は冷たい。ダソンには構いっきりであったり、犬の食事は好みまで把握しているヨンギョなので、ダヘの扱いは冷たいと捉えざるを得ない。
この他、キャンプに出発するシーンでも両親からキツめに当られていたり、ダヘは家庭内で孤立気味のようにも見える。弟ダソンの芸術家気取りを告発したりしているし。だから家庭教師がちょっと構ってくれることを愛情として受け取ってしまうのかも…と邪推。


8.「ミニョクならどうするかな」
ずぶ濡れになりながら豪邸から帰ってきたギウのセリフ。直後、妹のギジョンに「こんなことにはならないよ!」と言われてしまう…
このセリフ以外にも、ギウにはミニョクを模倣するような言動が目立つ。ミニョクは「こいつにはダヘは取られない」と思っているくらい、ギウのことを半ば見下しているが、ギウからすれば一番身近で憧れの身分なのだろう。
また、映画内では語られていないが、ギウとミニョクが友達関係にあるということは、ギウ(及びキム一家)もどこかの段階まではそれなりの経済的余裕があったのではないかと思う。同じような学校に通っていただろうし、ギウ本人や妹のギジョンのスキルが高いことからも、一定以上の教育を受けてきたであろうことが想像できる。


9.ギジョンのタバコ
大雨による水害によって半地下ハウスが水没しているなか、ギジョンは下水が逆流するトイレの蓋を抑えながらも一服する(この姿が退廃的でグッとくる)。
ギテクやギウがそれぞれ自分の大事なもの(チュンスクのメダルとミニョクからもらった石)を持ち出そうとしているのと対照的だ。
ハイソな「ジェシカ先生」を演じるために禁煙していたのか、タバコは天井に隠されていた。禁煙に失敗するように、キム一家の「パラサイト」も長くは続かないことを予感させる。


10.避難所のシーン(「ピザ時代」の2人)
水害のあと体育館に避難するシーンで、全てのカットにピザ屋(ピザ時代)の2人が映り込んでいる(オレンジのユニフォーム姿が後方に映っている)。それまででのシーンも含めて、このピザ屋さんは意外と随所に登場していて、貧乏-裕福の物差しとして機能している。
冒頭では、キム家に内職を任せたり、アルバイトとして雇ってくれ、と言わせたりするなど、完全に(ピザ>キム)の構造。その後、キム家の「パラサイト」が軌道に乗り始めると外食先のひとつとなる(ピザ<キム)が、最終的には水害によって同じように体育館に避難する(ピザ=キム)。


11.スノーピークのプレートバーナー
ラストの惨劇の直前、豪邸の地下室からグンセが出てくるあたりで地下倉庫の棚の上にスノーピークの箱が見切れている。

登場する日本製品ソニーでもトヨタでもなくスノーピークであるところに今っぽさを感じた(もう一つ登場するカニカマは犬の餌…)。


12.ヨンギョ夫人の表情(夫婦関係2)
パク社長が刺されるシーンでは、周りの友人たちが泣き叫んでいるなかで妻のヨンギョだけが何かから解放されたような表情をしている(ように見える)。刺されたあとは気を失って倒れているけど、直前のカットは明らかに周囲と違った反応をしている。
やっぱり夫婦関係あんまりうまくいってなかったんかな…と無駄に心配してしまった。



この他にも、ラストシーンが聖書(金持ちとラザロ*2)のオマージュになっているらしいとか、豪邸も半地下もセットで背景はVFXになっててめっちゃお金がかかってるとか、水石の意味とか…色々と掘り下げてみたいところは多い。ものすごく情報量のある映画だった。
一番良かったのは、登場人物がそれぞれチャーミングでリアルだったこと。ギテクさんの「息子よ」って声かけるときのキリッとしたでもなんか情けない顔、うまそうにタバコを吸うギジョン、友達と久しぶりに会って小躍りするヨンギョを何度でも見たいと思ったし、ギウはあのあとうまくやってんのかな、ギジョン殺されたけどええやつやったな、ヨンギョさんは旦那さん残念やったけどダヘ・ダソンと仲良く暮らしてんのかな…とか、エンディング以降のことも想像してしまうくらいだった。
少し前に「この世界の片隅に」がヒットしたときも、「劇場にすずさんに会いに行く」みたいな言われ方をしていたし、キャラクターの描き方が鮮やかだと、また会いたくなるような気持ちになるんだな。*3

悪者らしい悪者もおらず、みんな必死に生きていこうとしているだけなのに、最後は凄惨な事件に収束してしまう。映画前半のコメディシーンが楽しいだけに、終演後は「なんでこうなってしまったんや…」の気持ちになってしまった。
たぶん現実の世の中も遠からずで、最悪な事件が起こる背景に悪者がいるとは限らず、必死で暮らしていた人たちがいるだけなんだろう。


久しぶりにめちゃくちゃ面白くてしかも色々食らってしまう映画に出会ったので嬉しいし、せっかくリアルタイムで見れたので色んな人と感想を交わしたい。
もしここまで読んでくれた人がいたら是非あなたの感想も教えてください。




(おまけ)
劇中でヨンギョさんが食べていたジャージャー・ラーメン(チャパグリ)が美味そうだったので新大久保のスーパーで買ってつくった(牛肉入り)。ちょい辛いのと麺がモチモチしてて美味い!











(参考文献)

http://mottokorea.com/mottoKoreaW/QnA_list.do?bbsBasketType=R&seq=89709

北大法学論集, 50(4), 183-207 韓国における住宅賃貸借 -伝貰制度を中心に-

韓国の家賃制度-チョンセ&ウォルセ- | 慣習・生活文化・住まい | 韓国文化と生活|韓国旅行「コネスト」

*1:高卒でも有名大学卒でも、会社が中小起業でも大企業でも、最終的にはみんなチキン店を経営する、の意らしい

*2:16:19 ある金持がいた。彼は紫の衣や細布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮していた。20 ところが、ラザロという貧しい人が全身でき物でおおわれて、この金持の玄関の前にすわり、21 その食卓から落ちるもので飢えをしのごうと望んでいた。その上、犬がきて彼のでき物をなめていた。22 この貧しい人がついに死に、御使たちに連れられてアブラハムのふところに送られた。金持も死んで葬られた。

*3:年末にスターウォーズ9を見たときはこんな気持ちにならなかったと思うと悲しい